三島ニュース1998年4月26日発行第2207号掲載記事
うるわしの古都三島の文学散歩43
中尾 勇
浅意了意の『東海道名所記』には続いて、
「三嶋と富士とは、親と子の御神なり、富士権現には木花開耶姫なり。三島は御父の神にてオハシましけり。竹取の物語にかぐや姫とかきしハ、後の世の事にやあるらむ。三嶋と申すハ、伊予・摂津・伊豆の三所におハしますよしを、延喜式の神明帳にのせたり。社より、三町バかり右の方に、ほそき川あり。ここに神明の使者とし、うなぎおほし。何ほどあり共かぎりなし。手をたたき、石をならせば、岸にあつまる。猿沢の鰻・鮒のごとくなり。左の方に御殿あり」
と書かれている。
明暦三年というから一六五七年、徳川家綱のときの明暦の大火で、江戸城の本丸などが消失したころの「道中記」には、
「みしま、一里半、御殿左の方に明神の社有、三町ほど右の方に細川あり、是に明神の使者とて鰻あり、何程という数を知らざる也、千貫という町はづれ、右の方に有、伊豆の水駿河にとる也、駿河新宿、此さきに頼朝富士の牧狩の鎌とて今に有、山王、此社の内にも牧狩の鎌あり、左の方にかまかふちあり、此釜も山王の内に有し釜なり、盗人取て行とて余り重さに此淵に入る、それより此釜川の主となりて、釜が淵といふ也、三橋橋、此処より江尻へ舟に乗る也、舟賃壱駄荷百五十文、人は五十文也」
とする文章がある。
「仮名草紙」には前代の小説の傾向が持続されている。貴人の御伽の本としての娯楽性があって、安楽庵策伝の『醍睡笑』などの笑話本、『犬枕』『犬元草紙』などの模擬本、太田牛一の『信長記』、小瀬甫庵の『太閤記』などの武功憚、『恨之介』や『薄雪物語』の恋愛物の系列にも前代の小説の名残がある、この種の中から『露殿物語』などの遊女評判記類が発生してきているということが、やはり、よくわかる。